雑記惑星あんのん

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細川政元は悲劇の貴公子?異端すぎる天才が戦国時代の扉を開く

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私の大好きな「信長の野望」は戦国時代をモチーフにしたゲームですが、

そもそも戦国時代というのはいつから、

そしてどのようにして始まったのか、気になります。

 

大河ドラマや他の映像作品で、

戦国武将たちの華々しい活躍をよく見かけますが、

そのステージとなった時代の誕生については、

不思議なほどまったく語られていません。

 

今日はその戦国時代の成り立ちと、

その立役者となった武将・細川政元について書きたいと思います。

 

 

政元は現実逃避に憧れていた

 

足利尊氏が開いた室町幕府は、

3代将軍・義満(よしみつ)の頃までは政治も文化も順調で、

太平の世が永遠に続くと思われていました。

 

しかし義満の息子である6代将軍・義教(よしのり)の登場から、

一気に雲行きがおかしくなります。

 

義教(よしのり)は何をどう間違ったのか、

「万人恐怖」と言われる専制政治をやり、

史上初の比叡山焼き討ち(1435年)までするほどでした。

 

その息子の8代将軍・義政(よしまさ)は、

父親と正反対の大人しい性格でしたが、

政治よりも芸術と女性が大好きで、

なんと29歳で隠遁したいと言い出したのです。

 

人間、誰でも現実逃避したくなる時がありますが、

時と場合を考えないと困ったことになりますよね・・・

 

実は私の推し武将(会員番号1番)の細川政元も、

一流の政治家でありながら、

現実逃避に憧れていた繊細な男性だったのです。

 

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信長の野望・蒼天録withPKより引用

 

その原因は応仁の乱にあり

 

政元は1466年、細川勝元の長男として誕生しました。

 

勝元は室町幕府の管領という役職でしたが、

現代に例えると、副総理や首相補佐官のようなポジションなんです。

 

母親は有力武将・山名宗全の娘(春林院殿)といわれていますが、

はっきりとしたことはよくわからず、

側室が生んだ子だったという説もあります。

 

細川家と山名家は親戚同士だったので、

最初は協力しあって幕府のために尽くしていました。

 

しかし政治の世界は嫉妬と謀略が渦巻く所です。

 

勝元も宗全もお互いに関するあらぬ噂を聞いたり、

与えられた領地を守るために戦ったりするうちに、

だんだんとギクシャクするようになってしまいました。

 

ちょうどその頃、

将軍家では深刻なお世継ぎ問題が発生していました。

 

8代将軍・義政(よしまさ)にはなかなか子どもが生まれなかったので、

お寺に入っていた弟の義視(よしみ)を還俗させて、

後継者にすることを決めていました。

 

しかし正室の日野富子が義尚(よしひさ)を生んだことで、

「やっぱり息子が跡継ぎのほうがいいんじゃね?」と、

優柔不断な義政(よしまさ)は迷いはじめたのです。

 

そこへ細川・山名両家が介入してきます。

 

勝元も宗全も幕府のお偉いさんだったので、

黙っているわけにはいかなかったんでしょう。

 

勝元は足利義視(よしみ・将軍の弟)に、

宗全は足利義尚(よしひさ・将軍の息子)につきました。

 

お世継ぎ争いやお家騒動は将軍家だけでなく、

幕府の重臣たちや守護大名の間でも頻発していました。

 

政治の大混乱はどんどん激化して行き、

1467年には「応仁の乱」という大戦になってしまったのです。

 

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政元が生まれたのは1466年なので、

「応仁の乱」がはじまる1年前でした。

 

戦乱の時代は赤の他人より、親子や親戚同士の争いのほうが深刻です。

 

「応仁の乱」は幕府の有力武将が東軍と西軍に分かれて戦ったんですが、

東軍を指揮したのは勝元、西軍を指揮したのは宗全だったんですよ。

 

政元の視点で見ると、お父さんとおじいちゃんが、

血で血を洗う、醜い戦いを繰り広げたことになります。

 

物心ついたばかりの政元にとって、

身内同士が敵対するのは、本当に辛かったのではないでしょうか。

 

なんだか、現実逃避したくなるのもわかる気がします。

 

政元は8歳で父を失い細川家の当主になる

 

 「応仁の乱」は全国に拡大しましたし、

実に複雑怪奇な戦だったので、なかなか収束の糸口が見えませんでした。

 

しかも戦いの決着を見ないまま、

東軍のリーダー・勝元が1473年に亡くなってしまいます。

 

政元は8歳で細川家の家督を継ぐことになったんですが、

勝元は遺言で「この子がいれば細川家は安泰だ」といいました。

 

政元は幼名を聡明丸といったので、

その名の通り、天才少年だったらしいんですよ。

 

細川家のリーダーになってからは、

一族の人のバックアップも受けましたが、

家督を継いだ翌年には山名方と和解して、

ドロドロの「応仁の乱」に終止符を打ちました。

 

家臣のひどい仕打ちで人格が変わった?

 

しかし人生というのは、何があるかわかりませんよね。

 

政元が13歳になった時、

家臣同士の領地争いが原因で、丹波のお城に幽閉されてしまったんですよ。

 

名族・細川家の当主がさらわれるなど、信じられない話ですが、

もっと信じられないのは、政元の側近が彼を救おうとしないで、

別の人物を当主にしようと暗躍していたことでした。

 

丹波の武将も細川家の他の家臣たちも、

政元の年が若いので、侮っていたのかも知れません。

 

政元は3ヵ月も幽閉されていたんですが、

ようやく助けに来てくれた安富元家という家臣以外は、

誰も信用しなかったといいます。

 

電撃クーデターで将軍を追放

 

政元は10代将軍・義材(よしき)とは、

どうしてもソリが合いませんでした。

 

義材(よしき)は自分だけで政治をやりたくて政元を邪魔者扱いし、

政元は政元で、約束を平気で破る義材(よしき)に不信感を持っていました。

 

そこで政元は「やられる前にやってしまおう」と考え、

幕府関係者に入念な根回しをしました。

 

播磨の赤松氏に異母姉・洞松院を嫁がせたり、

幕府高官の伊勢氏を味方につけたり、

さらには大御台所の日野富子とも手を組みました。

 

そして目障りな義材(よしき)が河内に出陣した隙を狙って、

12歳の新将軍・義澄(よしずみ)を擁立しました。

 

義澄(よしずみ)はもともと、

あるお寺の僧侶で清晃と名乗っていたんですが、

政元の駒として担ぎ出され、操り人形にされたのです。

 

この事件を「明応の政変」といいます。

 

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最近の研究では「明応の政変」こそが、

戦国時代のはじまりといわれているので、

私は政元が戦国時代の扉を開けた人物だと思っています。

 

行水中にまさかの暗殺

 

政元は幼い将軍を操り人形にして、事実上の最高権力者になりました。

都の人々には「半将軍」と呼ばれ、細川家の権勢は頂点を極めたのです。

 

これで勝元の遺言通り「細川家は安泰」かと思いきや、

むしろ逆で、家中には衰退の原因が潜んでいたのです。

 

実は政元、天狗オタクだったという説があります。

 

hajimete-sangokushi.com

 

政元は修験道という山岳信仰にはまって、

鞍馬山などで修行したことがあったんですが、

源平合戦のヒーロー・源義経に憧れたからだといわれています。

 

これ、現代でいうと、

ウルトラマンや仮面ライダーのファンになるようなものです。

 

もっとも修験道の山伏は、各国に潜入して諜報活動をしていたので、

政元本人が直接情報収集したいという、政治的な意図もあったんでしょう。

 

ともあれ、政元はこの修験道にはまりすぎた挙句、

厳しい戒律をしっかり守って、女性をひとりも近づけませんでした。

 

お気に入りの家臣と衆道(おっさんずラブ?)を嗜んでいたので、

女性が嫌いだったともいわれています。

 

そうなると当然、お世継ぎ問題が発生するのですが、

政元は京都のお公家さんから澄之(すみゆき)、

細川の分家から澄元(すみもと)という養子をもらっていました。

 

かつて将軍家でも、

義視(よしみ)と義尚(よしひさ)の跡目争いがありましたが、

今度は細川家で同じようなことが起こったのです。

 

当然、家臣たちは2つに分かれていがみ合うことになります。

 

そんな状況に嫌気が差したのか、

政元はある戦の最中に「奥州に修行に行きたい」と言い出して、

急に退却してしまいました。

 

家臣にしてみれば、

意味不明な主君ほど困ったものはありません。

 

香西元長という側近が政元の警護役を買収して、

行水中の政元を襲わせるという事件が起きたんですよ。

 

1507年8月1日(永正4年6月23日)。

細川政元は42歳で波乱の人生の幕を閉じました。

 

政元に関連した作品は?

 

政元は非常にマイナーで風変りな武将なので、

扱われた作品はごくわずかです。

 

  • 花の乱(1994年のNHK大河ドラマ)
  • 信長の野望・蒼天録PK(2003年リリースのゲーム)
  • 天魔ゆく空(2011年発行の小説)

 

花の乱

 

このドラマは主人と一緒に毎週のように見ていましたね。

今は亡き今井雅之さんが政元を熱演していたんですよ。

 

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私の知っている史実とは違う内容ですが、

無名時代の大沢たかおさんが足利義材を演じているので、

なかなか貴重な映像です。

 

www.youtube.com

 

テーマ曲も印象的で素敵でした。

 

信長の野望・蒼天録PK

 

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私が政元を知るキッカケになったゲームです。

 

「信長の野望」の中では不人気な作品なんですが、

政元はこのゲームにしか出てこないので、

彼を見るためにプレイしているんですよ。

 

政元は「信長の野望」では超レアキャラ扱いになっています。

 

天魔ゆく空

 

 

この小説は面白そうだったので、

派遣社員時代に買って読んだことがありましたが、

政元と異母姉の許されぬロマンスというのにドン引きしてしまい、

ブックオフに持って行きました。

 

まあ、小説なんて代物は歴史モノとはいえど、

作者の妄想の産物なんですけどね。

 

まとめ

 

政元は「戦国三大愚人」のひとりにあげられていますが、

彼がいなかったら、戦国時代がやってくることはなく、

現代に続く歴史が生まれなかったと思うので、

もう少しいい評価をしてあげてもいいのではないでしょうか。

 

それに政元の人生はあまりにも不幸続きなので、

私は可哀想だと思っているんですよ。

 

長くなりましたが、今日8月1日は政元の命日になるので、

彼にまつわる記事を書いてみました。