雑記惑星あんのん

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【麒麟がくる】第20話の感想。家康への文(名言&セリフ付き)

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【麒麟がくる】第20話では、

有名な「桶狭間の戦い」の前哨戦が描かれました。

 

光秀は従兄弟の左馬助を尾張に送り、

織田家の動静を探っていましたが、

またもや戦を回避するために策をめぐらします。

 

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【あらすじ】織田を潰しにかかる今川

 

駿河の太守・今川義元(片岡愛之助)は、

尾張を併呑すべく25000の大軍で攻めかかろうとしていました。

 

今川の人質でありながら、優遇されている松平元康(風間俊介)は、

三河衆として戦の先鋒を命じられます。

 

光秀(長谷川博己)は越前で、寺子屋の師匠を続けていましたが、

貧乏な暮らしは相変わらずでした。

 

妻の煕子(木村文乃)との間に子どもが生まれたため、

より一層、物入りになっていたのです。

 

光秀は意を決して、朝倉家への仕官を考えますが、

当主の義景(ユースケ・サンタマリア)は、

公家たちとの蹴鞠に夢中で、面会をしてくれませんでした。

 

光秀は朝倉家の様子に失望してしまいました。

そして、自分が置かれた境遇に対して苛立ちを募らせます。

 

そんななか、知己の織田信長(染谷将太)が、

今川軍と雌雄を決することを知り、

光秀は信長の手助けをすべく、尾張へと旅立つのでした。

 

登場人物はこちら

 

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【感想】風間俊介さんが演じる元康が最高

 

一時【麒麟がくる】はつまらないと思っていた私でしたが、

ここに来て、ぐんと持ち直してきましたね。

 

駒は細かい気遣いができるようになりましたし、

貧乏暮らしで苦労する明智家は素直に応援したくなります。

 

「なぜ光秀は朝倉家に仕官しないの?」と不思議がる人もいるようですが、

当主の義景はもちろん、家臣たちも光秀を軽んじているので、

禄を得てもいいことはないと思いますよ。

 

まあ、現代に例えると、

朝倉コーポレーションは「名は通っているけど、中身はブラック」という、

あまり評判の良くない会社ではないでしょうか。

 

そもそも光秀の明智家は、

美濃の名族・土岐源氏の支流にあたる血筋なので、

応仁の乱のドサクサに紛れて越前を奪い取った朝倉家とは、

ぜんぜん格が違うんですよね。

 

あの高政は嘘をついて「俺は土岐一族だ!」と言ってましたが、

光秀は正真正銘の土岐源氏の出なので、

プライドが高くなるのはしょうがないんですよ。

また、義景本人との相性の悪さもあるかも知れません。

 

今回は松平竹千代が成人して元康になりましたね。

 

 

演技力には定評のある風間俊介さんなので、

すごく魅力的でした。

 

元康はのちに徳川家康と名乗り、

戦乱の世に麒麟を連れてくる英雄になるんですが、

彼の遺した名言でとても気に入っているものがあります。

 

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。

不自由を常と思えば不足なし。

こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。

堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。

勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。

おのれを責めて人をせむるな。

及ばざるは過ぎたるよりまされり。

 

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わずか3歳で母親と別れて今川家の人質となり、

その後も織田政権と豊臣政権下で、

何かと忍従を強いられた家康らしい言葉です。

 

私はプライベートで嫌なことがあったり、

どうしようもない壁にぶち当たった時は、

家康のこの名言を思い出して、元気を取り戻しています。

 

でも、若い頃は家康の魅力があまりわからず、

50代に入ってから、すごい人だと思うようになりました。

 

それは家康が天下人になったのが、

62歳の時だったからなんですよ。

 

ある程度の年齢を重ねると、

「もう私は何もできないだろうな」とネガティブになりがちですが、

家康のように高年齢になってもがんばれる人はいます。

 

風間俊介さんからは老獪な家康のイメージが湧きませんが、

今後、どんなに風に変わって行くのかも楽しみになりました。

 

おまけ

 

今川義元が抱っこしていたハチワレ猫が可愛かったので、

写真を載せておきます。

 

義元亡き後、この子は氏真が育てるのでしょうか。

 

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【セリフ】於大の方の母心に泣けた

 

明智十兵衛光秀(長谷川博己)

 

人は遥か先のことも、

遥か遠くにいる人々のことにも、

絶えず気を配るべきである。

身近なことを上手に治める者は、

それができる者である。

そういう孔子様のお言葉だ。

 

(生まれたばかりの子どもに対して)

駒殿の薬なら良く効くぞ。

元気に育ってくれよ。

 

今川は尾張と戦をする時に、

必ず三河の兵を先陣につける。

となると戦は近いぞ。

今戦えば尾張は危ない。

 

(朝倉家の家臣に対して)

美濃を追われた者ゆえ、

差し障りもあろうかと思いまして。

 

(朝倉義景の様子を見て)

何が蹴鞠じゃ。

 

左馬助。わしはかような国に身を委ねようとは思わぬ。

今、尾張の織田信長は大一番の戦に向かっているのだ。

にもかかわらず、わしはこの国で何をしておる!

 

左馬助、そなた尾張への抜け道を見つけたと申しておったな。

わしを案内せよ!

 

織田信長(染谷将太)

 

熱田宮でお祓いでもしてくるのか?

 

(帰蝶に対して)

重ねて聞く。

その知恵をつけたのは誰だ?

察しはつくがな。

 

わしが元康殿なら、

16年会わずとも、20年会わずとも、

名を聞けば胸を刺される。

母は母じゃ。

 

丸根砦に元康が攻め寄せてきた折には、

まともに戦わず、砦に火を放って逃げよと命じておけ。

勝負はそのあとじゃ。

 

松平元康(風間俊介)

 

勝ったぞ。ようやく勝てた。

ははははは・・・東庵殿は強い。

 

おばば様ご覧ください。

大敵・東庵殿を打ち負かしたのです。

大事の前に幸先の良い勝ちじゃ。

 

館に帰っても、

家臣たちが戦の話ばかりでつまらぬ。

 

致し方ない。

三河を今川様から返していただくまでは、致し方ない。

父上は亡くなり、母上は織田方の実家に帰され、

私とおばば様はここで人質として置かれ、

何もかも致し方ないのだ。

されどな、時々投げ出しとうなる。

このまま寄り道を続けて、あれもこれも。

 

そのような薬があるのなら、

誰でも心を動かされよう。

 

これは駒殿から貰うたお守りじゃ。

必ず、生きて戻って参る。

 

ここに参る途中、奇妙なことがございました。

織田方の砦の近くを通った折、

砦の見張り数人に気づかれたように思いましたが、

矢の1本も飛んでまいりません。

拍子抜けするほど易々と通り抜けて来られました。

まるで敵に見て見ぬ振りをされたような。

 

今川義元(片岡愛之助)

 

此度の戦はわしも出陣する所存。

 

医者というのは、

世のため人のためのみ、

生きておるという証ではないか?

 

あの者たちは三河の者じゃ。

されどわしは元康を大事に思うて、

元服にも手を貸し、

三河岡崎城主の子であったことを配慮し、今日まで育ててきた。

先の初陣もわしの命を受け、見事に戦うてみせた。

元康こそ、三河の武士の棟梁に相応しき器じゃと、

わしは見ておる。

ただ万が一、元康が尾張に寝返ればわが身が危うい。

元康は信ずるに足る若者と思うが、どうじゃ?

 

望月東庵(堺正章)

 

医は仁術と申します。

人を診るのが仕事でございます。

元康様は裏表のないお方。

殿がご案じになるようなお方ではないと存じます。

 

煕子(木村文乃)

 

十兵衛様。

左馬助に湯漬けなどをお出ししようと思ったのですが、

もう米がありませぬ。

常が寺に借りに言ったのですが、

色よい返事はいただけず、

かような話、申し上げるべきではないと存じますが、

申し訳ございませぬ。

それで、駒さんからいただいた薬草を半分、

質入れしてみてはどうかと。

 

帰蝶(川口春奈)

 

今川勢は25000。

こちらはせいぜい3000あまり。

美濃の父が兄・義龍に敗れた折と同じでございます。

勝てぬまでも、負けぬ手立てを講じませぬと。

 

熱田に松平竹千代様の母君・於大殿と、

叔父の水野殿がおいでになるのです。

 

その知恵の良し悪しはまだわかりませぬ。

されど重臣たちのように、やいのやいの騒ぐだけでは、

何も見えて参りませぬ。

 

やれる手立てはすべて打っておくべきかと。

 

源応尼(真野響子)

 

そなたは私に会いとうて来るのか、

東庵殿と将棋をしたくて来るのか、

とんとわからぬ子じゃな。

 

先鋒を任され、

織田信長勢の真っただ中に送り込まれるそうです。

三河の者は長らく、今川様の支配を受けてきて、

尾張との戦いともなると、必ず矢面に立たされます。

自分の孫ゆえ面倒を見ろと今川様に命じられておるが、

やるせない限りじゃ。

 

於大の方(松本若菜)

 

私は元康の母親でございますが、

水野家が織田様の味方になったゆえ、

今川方の松平家を離縁され、

水野に戻ってそのまま、元康とは16年会うておりませぬ。

顔も忘れ、声も忘れ。

もはや母と言えるか。子と言えるか。

 

実はこういうお話もあろうかと思い、

元康に拙い文をしたためて参りました。

もはや道ですれ違うても、

わが子と判らぬ愚かな母であるが、

この戦でわが子が命を落としたと聞けば、

身も世もなく泣くであろうと書きました。

 

この戦は勝っても負けても、何も良きことはない。

互いが傷つくばかりで。

それゆえ戦から身を引きなされ。

母はひたすら元康殿に会いたい。

穏やかに。何事もなく。

他に何も望まぬと。

 

駒(門脇麦)

 

何にでも効く薬など、この世にあるとは思えませぬが、

効くと信じる人には、お守り代わりになるのかも知れませぬ。

 

菊丸(岡村隆史)

 

殿、これは三河の者すべての願いでございます。

今川を利する戦にお味方なされますな。

今川ある限り、三河は100代後も陽が当たりませぬ。

私はこの日のために殿にお仕えして参りました。

何卒、今川をお討ちください。

織田につき、今川勢を退け、

三河を再び三河の者に戻していただきとうございます。